ノマドの足跡

旅、酒、ニュース、仕事関連などなど。思いつくまま書いたものです。

民族というワナ

昨年の9月。アフリカはルワンダでブタレという町に行った。1994年、フツ族ツチ族に対する大規模な虐殺事件の時、とくに大規模な虐殺があったところだ。その町で現在、「ジェノサイド資料館」となっているところは、もとは学校だった。大虐殺の当時、フツ族からの攻撃があるという知らせで、町に住むツチ族の人々は高台のこの学校へと逃げ込んだ。しかしそれは、ワナだった。学校に逃げ込んだ町中のツチ族の人々は、文字通り一網打尽に虐殺された。


校庭に掘られた直径10mもあろうかという穴に、無数の遺体が埋められた。なぜそれがわかるかというと、今、その場所が掘り返されて大きな穴になっているからだ。そして、そこから掘り出された数百の遺体は、かつて教室のあった部屋に、石灰の粉にまみれて安置というより放置されている。


遺体の置かれている部屋は、言いようのない匂いがした。もちろん、腐敗臭などではない。虐殺事件からすでに17年も経っているのだ。石灰なのか、カビなのか、何なのか、よくわからないが、これまでに匂ったことのないような匂いだった。


そんな、何十と遺体が置かれている部屋を、いくつも見て回った。誤解を招かなければいいのだが、正直、飽きそうになった。飽きてしまうのが嫌だとも思った。男も女も、大人も子どもも、服を着ているものも来ていないものも、足を折り曲げているものも、口を開けて何かを叫んでいるようなものも、あった。ミイラというか白骨になった無数の遺体はそれぞれに個性があったが、当たり前だが、何も言わなかった。5部屋か6部屋か、見たところで、もういいです、と言ってやめた。


戦争や民族紛争は愚かなもの。そういってしまえば簡単だ。いや、それは何かを回避していると思う。逃げているようにも思う。実は、もっとシンプルなところにこうした蛮行の理由はあって、僕たちはいとも簡単にそのワナにかかってしまうのではないかと思う。今を来ている私たちにとって大事なのは、こうしたワナに引っかからないことだと思う。


ルワンダにかんしていえば、この民族紛争は、ツチ族フツ族の数百年におよぶ対立の結果だといわれた。しかし、いくつもの研究が明らかにしているように、これは間違いだ。民族区分が制度化されたのはベルギー統治時代の1920年頃からで、しかもそれはかなりの程度、恣意的なものであった。「制度化」なんていってしまったが、要は、IDカードに民族区分の記入欄を設けたのだ。大虐殺の時も、このIDカードがもとで殺された人も多かったという。だけど、ちょっと考えればわかる。どちらも肌の色が黒く、背の高さにも個人差がある。農耕民族と遊牧民とのルーツの違いがあるが、飼っている牛の数が10頭以上かそれ以下かで区別するというのもおかしなはなしだ(そしてそれは実際に行われていた)。もちろん、二つの民族間での結婚も行われていた。


ではなぜ、それがかくも深刻な民族虐殺に至ったのか?もちろんレールを敷いたのは植民統治であったに違いない。「分断統治」という植民統治の常套手段で、支配される人々を敵味方に分けて対立させておく。そうすることで、支配されている人々の不満は支配する側に向きにくくなる。実際に紛争が起きたときには、「まあまあ」といって支配当局が仲裁に入れば、逆に恩を着せることもできるかもしれない。そういった植民統治の常套手段だ。そしてそこに火薬を詰めたのは、現地の政治家だった。フツ族出身の大統領が、自らの支持率低下を何とかするために、人々の不満の矛先をもうひとつの民族に向けさせいようとしたのだ。こうして火薬が充填されたところに、大統領が暗殺された。それが引き金となった。3ヶ月で80万人が殺されるという史上最大規模の大虐殺が起きた。


このことは私たちに何を教えるのか?


民族間の不和は、政治家(権力者)によって利用されるということだ。


そして、この甘いワナに、人々はいとも簡単にハマってしまう。


こうした歴史は文字どおり、枚挙にいとまがない。


にもかかわらず、私たちは学ばない。


何度でも簡単に、このワナにかかってしまうのだ。


逆に言うと、それほどこのワナをかいくぐるのは難しいのだともいえる。


つまり、私たちは、この民族意識の高揚に抗するのは難しい。


それはオリンピックを見ればよくわかる。私たちはどうして、自分の国の選手の活躍にあれほど喜ぶことができるのか?私たちはどうして、自分の国の選手の敗北に悲しむことができるのか?


誤解しないでほしい。私はオリンピックが間違っているといっているのではない。


そうではなく、そのオリンピックの時期に、隣国どうして民族意識を高揚させる事件が相次いでいることにとても危険なワナの雰囲気を感じるのだ。


ルワンダでも、ボスニアでも、そして第二次世界大戦でも、67年前の今日終戦を迎えたアジア太平洋戦争でも。民族のプライドを賭けて戦った戦争で、いったいどれほどの人々が得をしたというのか?そして、それで本当に得をしたのは誰なのか?あるいはそれで、得をしようとしたのは誰なのか?


少し考えればわかりそうだ。


民族のプライドを賭けて闘うことで、私たち自身が、実際に何か得るものがあるのだろうか?逆に、異なる民族の人々と協力することで、私たち自身が名に変えるものはないのだろうか?そしてそれらは一体、どちらの方が大きいのか?


いや、損得なんかではない、プライドはプライドなのだ、そういう向きもあるだろう。しかしそれにしても、その「プライド」が、誰かによってつくられ、誰かによって利用されている、いわばワナであったとしたらどうだろうか?
一度よく考えてみるといいと思う。


それによって、誰かが何かを手に入れ、そのために私たちが何か大きなものを失うというワナにかかっているということはないのだろうか?