ノマドの足跡

旅、酒、ニュース、仕事関連などなど。思いつくまま書いたものです。

【本】 仲正正樹『今こそアーレントを読み直す』

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

ハンナ・アーレントは私がひじょうに好きな思想家の一人です。
とくに『人間の条件』で書かれている、人間の「行動」にかんする三つの類型、「労働」「仕事」「活動」の議論が気に入ってて、しばしば言及したりもします。
アーレントの独自の用語法によれば、「死すべき存在(mortal)」としての人間にとってもっとも崇高な行為、それが「活動」で、人間は自らの「卓越性」を誇示するがごとく「活動」し、後世まで人々に語り継がれる「名誉」を残すことで、「不死(immortality)」すなわち「永遠の命」を手に入れるのだというもの。
そこには、人間は何のために生きるのか、人間はいかにして生きるべきかを考えるヒントがあります。


こうした魅力的なアーレントの思想ですが、私にはどうしてもひとつ引っかかるところがありました。
それが、アーレントがまさにこの「活動」を強調するがゆえに、「活動する生活(vita activa)」という生き方を強調しているところ、いわば(アリストテレスばりに)政治は実践であるとしているところです。
「活動」が人間にのみに与えられた、人間にとってもっとも崇高な行動であることはよく理解できます。しかしそれは、アーレントの類型のなかでの話であって、それを実践すべきであるというところは、決して「活動的」ではない私にとって、なんとなく受け入れがたいものでした。


ところが、これは、私の誤解によるものだったかもしれません。
著者が本書で何度も強調しているように、アーレントはそれほど一筋縄ではいかない思想家です。


本書で著者は、「活動」が実際に体を動かして行動に出ること、市民運動などでしばしば活動家がいうように、あれこれ考えるのではなくてとにかく行動すること、をアーレントは決して推奨しているわけではないと異議を唱えます。
アーレントの著作は、『全体主義の起源』『エルサレムアイヒマン』『人間の条件』そして『革命について』といった著作がとくに有名で、最後の二つについては文庫にもなっているので広く読まれているものと思われますが、彼女の遺作『精神の生活』については、私も不勉強ながら知りませんでした。
この遺作のなかでアーレントは、それまで強調してきた「活動する生活(vita activa)」に対して「考える生活(vita contemplativa)」の重要性も強調しているというのです。
何よりもこの最後の「作品」が完成しなかったために、アーレントの思想における「活動する生活」のところばかりがいわれてきたのでしょう。
このことを、仲正氏の指摘で初めて知りました。
要するにアーレントは、「とにかく行動しろ」とはいっていなかったのです。


これは、あれこれ考えてばかりで優柔不断で、いつも行動が二の次になって遅れてしまう私にとっては、ある種の「救い」のように感じられました。
アーレントの思想が、また魅力的に感じられました。





仲正正樹『今こそアーレントを読み直す』講談社現代新書、2009。